エイカンの太極拳修行記 in 福岡 【見学当日:練習会終了後】

太極拳を習いたい気持ちはあるものの、激しい組手や散手は不安で…
そんな質問にも先生は丁寧に答えてくださいました。
滴水先生 『健身は別にして、攻防の練習では全くケガ無くとはいかないでしょう…太極拳は武術だからね。でも、どこかが折れたりというのは今はほとんどないですよ。まぁ私が先生に習っていた頃は、あんなことやこんなこともあったけど 』
先生はサラリとお話しされましたが、当時の練習の厳しさが窺える気がしました。
とりあえず、今は折れる系のケガはほぼ無いということで、少しは安心なような…
滴水先生 『ところで昔の名人・達人と言われた人々は、何で狂気と思えるような練習を続けられたと思う?』
エイカン 「…」
滴水先生 『それはね、不安だったからなんですよ。不安や恐怖を感じたからこそ必死で練習を重ねたんです。怖くない・不安が無いという人間は努力もしないものです。』
滴水先生 『そうして、人の何倍も努力することで、初めて、相手を傷つけずに制することも出来るようになるんです。それに本当に「制する」というためには、精神的な部分まで含めて相手を服従(←※記憶違い、コメントで訂正アリ)させられなければいけません。これが君子の武道であって、太極拳が目指すところもそこなんですよ。だから要求される内容は多いし…本当に何倍も練習しないといけないんだけどね(笑顔)』
このとき先生からご説明いただいた内容は、技術論よりも精神論がほとんどだったように思います。
「中国武術の中にここまで精神性を重要視する門派があるとは!」と驚いたことを覚えています。(もちろん自分が知らないだけだと思います・恥)
しかしこれで困ってしまったことが…実はワタクシ、精神論というもの全般に対して正直言って懐疑的なのです…
でもここまでのお話を聞く限りでは精神論偏重な感じは受けませんでしたので、もう少し詳しくお話を聞きたいと思いました。
すでに他の会員さんは帰られて滴水先生と二人でしたが、先生をお引止めして更にお話は続いたのでした。

5 Responses

  • お、続きますね!
    >相手を服従させられなければいけません。
    訂正しておきます。
    「服従」ではなくて「屈服」または「納得」ですよ。
    理想が高いから大変なんです。

  • >実はワタクシ、精神論というもの全般に対して正直言って懐疑的なのです
    それでいいんです。
    はいはいと言葉だけで納得されては気持ち悪いです。
    これからいろいろ体感して工夫していって下さい。
    要は他人と取っ組み合うより自分と取っ組み合うほうが何倍も大変だということですから。
    それと、
    弱い人ほどほえるといいますが、あれは悲鳴なんです。

  • ご指摘ありがとうございます。
    >「服従」ではなくて「屈服」または「納得」
    次回の記事で訂正します、失礼しました。
    自分の経験や感情のフィルターを通すと、自分なりの解釈にとらわれて物事をありのままに見られないことばかりです。
    そういえば見学を決断することでさえ、自分との取っ組み合いだったように思います…
    見学当日はわずか1日のことですが、一度でアップできない分量ですので分割にさせて頂いております…次回が最終回の予定です(笑)

  • ところで、なんですが。
    んな乱暴な、といいますか過激な団体に見えますか?ちょとショックです。
    対人練習があるのって武術ですからごくごく当たり前ですよ。やってても「やらない!」って言い張ったり、知らない振りをするところがあるにしましても。
    ちなみにウチでは、鼻血のことを「紅花」とか「梅花」といいます。上品でしょ!でもそんなことになることは、今まで無かったと思います。たぶん。
    少なくとも私はちゃんと加減できますから安心してください。

  • わー違います違います(汗)
    乱暴な団体には見えません、表現が下手で申し訳ありません。
    私自身は気性が荒くありませんので、先生にお会いしてお話を伺う前の段階では「ここがもし過激な団体だったらどうしよう」という個人的な心配があった、という次第でして(汗)
    今では、段階を追って指導して頂けること、対人練習を重視していること、でもむやみに危ない練習は行わないこと、等の方針が分かったので安心して練習させて頂いています。
    ワタクシ以前別の地方で学んでいた時、技法解説中にも先輩の鼻骨が折れたり先生の手がモロに目に当たるのを見たりと怖い思いをしてまして、それで過剰に心配していた部分もあると思います。
    (↑団体の指導方針にも色々ありますので、良し悪しと言うより、そこに何を求めるのかだと思います)
    対人練習ということでは、逆にほとんどやらない団体もあると思いますが、私個人的には型をマスターすることが最終目的ではありませんので、十分な対人練習は必須だと思っています。
    まだまだ砂時計には…程遠いですけど(汗)

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