本日は滴水先生・安愚楽さん・レタスさん・CORINさん・私エイカンの5名でした。
最近の錬修会の中では参加人数が一番少なく、チョット寂しい気もしましたが、少人数だと密度が濃くなるため個人的にはラッキーと思ってしまいます(不謹慎でスミマセン)。
・八段功
・基本式
・十三勢二十四式
・入門講座 雲手
八段功では「頭を心臓より低くする場合」について復習を行っていただきました。
頭への血の流れを伴う気功は、血圧や血管に問題がある場合には行えないことになっています。
また、健康な人でも最初はユックリした動作から行わないと、身体への負担が増してしまいます。
実は前の錬修会でもこのことは教わったのですが、やっぱり頭を下げる動作が速くなってしまっており…
なので、今回は「気」のイメージ以外に「血液の流れ」にも意識して動作を行いました。
滴水先生 『第六段ではここでギュッと、すると頭の毛細血管が開くのが分かります』
(※第七段と書いてましたが間違いでした。訂正しました)
も、毛細血管ですか(汗) 自分にも分かるんだろうか…
エイカン 「(全意識を集中) フーーーーっ (ギュッ)」
滴水先生 『どう、分かった?』
エイカン 「う…うむむ、分かりません(泣)」
滴水先生 『あれれ(笑) まぁジックリやってると分かるようになりますから』
滴水先生 『それと【気】についても説明しておきますね。まず基本的にウチの考え方は「有用なものがあれば使いましょう」です。すごくシンプルでしょ(笑)』
滴水先生 『それで【気】というものがあると仮定する、それをイメージとして意識に取り込むと、不思議だけど実際に上達が早いし、技の威力も上がるんです。じゃあそんなイイもの使わない手は無いよね(笑)ってことです…』
先生のお話を聞きながら、ふと高校の頃(?)数学で習った「虚数」を思い出しました。
「今まで君達が教わってきた中では、二乗すればどんな数であれマイナスにはなりません。だけど仮に二乗して『-1』になる数があるものとします。これをウソの数と書いて『虚数』といいます」
んなアホなぁっ!きょ、虚数は反則だろ…と思いつつ(当時は)ワタクシの数学嫌いはますます加速し、そこから長い追試地獄が始まったのですが…でも実際この虚数のお陰で物理学は大きく発展したそうです。話が脱線してスミマセン。
「ある」と想定することで辻褄が合う、効果があるんだから「ある」として考えましょう、というスタンスを受け入れられるようになってみると、【気】という概念のとっかかりとしてこれは非常に分かりやすくていいと思いました。
八段功の次は、基本式から順身掌をピックアップして見て頂きました。
滴水先生 『順身掌は「打つ」ではなく「一種の体当たり」と思ってください。腕はもっとシッカリ伸ばすようにして、グッ…と』
エイカン 「あ、そんなに伸ばす感じでしたか…むむ、では三撹水で大きく・小さく鋭く・打ち込む、と3通りやる場合に腕の使い方が変わるのですか?」
滴水先生 『腕は基本的に同じです。小さく鋭くはこう(ドン)、打ち込むときはこう(ズダン!)』
あ…ワタクシ「小さく鋭く」を「縮こまる」と解釈してしまっていたようです。
最初から先生のご説明をそのまんまやってれば迷わずに済むものを…(涙)
しかしこういうことは多々あります。今後も気をつけたいと思います。
この後は二十四式と入門講座に分かれて行いました。
自分はまたしても入門講座(雲手?外纏・内纏?平円の外纏・内纏)を傍聴しようと目論んでいたのですが、
滴水先生『CORINさんは初歩の初歩をするからエイカンさんは二十四式で』
「いえ、先生!だからこそ私ももう一度習いたいのですっ!」
…とはついに言い出せず、泣く泣く(?)二十四式を…でも滴水先生の方ばかり気になっているうちに、手と足が逆になってしまっていました(恥)。
でも雲手は本当に難しいのです。何度教わっても教わり足りないと思います。
結局諦め切れず、練習後のお茶の時間でそれとなく話を雲手の方へ(^^;
滴水先生 『雲手は普段意識しないところに意識を置く訓練でもあります。すると身体の色んな箇所が使えるようになります。続けるうちに筋肉や腱がしなやかになって動きも変わってきます。日々練習を続けることがとても大事です。最後には両手両足を別個に動かせるような意識(無意識)にまで高めて、開放と集中も組み合わせて使うと、こんな風に相手に攻め込んでいくことが出来ます(安愚楽さんにドスバスッ・軽く)』
滴水先生 『訓練してないと分かってても避けられない(笑) 太極拳はね、相手と接触すれば後はどうにでもなれる、そうなれるように繰り返し練習をします。相手を掴むこと(採・ツァイ)にしたって、逆に相手に腕を掴まれても自分が掴んでいるのと同じようにコントロールできれば、それも採になるんです。んでこんな風に…(再び安愚楽さんにバスっドシン・軽く)』
レタスさん・CORINさん・エイカン「おお~っ(驚)」
安愚楽さん「タハハ、レタスさん、交代交代…(笑)」
思いがけずマニアックな課外講習会になりましたが、刺激的でした。
今日は更にオマケで野馬分鬃(?)の復習をして終わりとなりました。
ワタクシのワガママで補習を長く取って頂いてしまいましたが、皆さまお疲れ様でした。
※先生にコメントを頂くのが交換日記のようで楽しみですと申し上げたところ、
『交換日記って(笑) そのうちハートマークが入ったりせんやろうね?(笑)』と…
そんなことしたら逆に衝捶マークが飛んできそうなのでやめておきます♥
(パッと言葉が思いつかなかったのですが『交換日記』だとチト怪しいですね)






んと、3個。
・七段目じゃなくて六段目ですね。足首ぎゅっと。
・雲手をもっと?!
では、来週は久しぶりに「ランサイ手」を!性根が入って一気に上達しますよ。
・安愚楽さんと九章さんは、既に能書きに頷いてわかった気になるレベルは卒業しているはずです。それに、そろそろさらにもう一段階上がって頂く時期なんですよ。
そうそう!
ニシムラさんと番長さんには、既に特別講習の通達をしてあります。彼らにも(無理矢理にでも!)レベルアップ をして頂くつもりです。
他の会員さん方の協力も必要になりますので、宜しくお願いします。
すみません、記事訂正しておきます(汗)
雲手はなかなか上達しないので、何もなしに日々黙々と続けていると不安になる感じでして。
でも改めて鏡で見ると、春先よりチョットだけスムーズになったような…なってないような(自分では分かりません・泣)
自主練の方は、しばらくは他を犠牲にしても雲手を頑張ってみようと思っています。
今更ですが、最近ナゼか基本に飢えてきておりますので、また入門講座に混ぜていただきたいと思います(ちょうど雲手も…)。
CORINさんの邪魔にならないようにしますので、よろしくお願いいたします。
正しい基礎と基本の形を得ることは、技術の習得や錬磨に最も重要です。何度も繰り返して学びその度に認識をあらためて、感覚や理解を深化していかねばなりません。
ですからその考えや姿勢自体はよいことです。
ところで、
「卒啄同機/そったくどうき」という言葉があります。エイカンさんならたぶん聞いたことがあるでしょう。
拳法の教授では、これの大小の「卒啄の機」(平たくいいますと修行の節目かな?)を経ながら、さらに大きな「機」を何度か迎えて授法していくことになります。
つまり、何度も殻を破っていかねばなりません。
そのために、雛である生徒に大切なのは、「機」と「機」の間の成長です。この熟成のための放置期間をいかに錬磨するのか?にかかってくるのです。
今のエイカンさんは、初期の大切なこの期間にあります。一度破った殻に戻るのは、初期成熟の時間やせっかくの成長の勢いを失うことになり、次の殻を破る「機」を逃します。
私は少なくとも今のところは、会員の皆さんの個々の状態を見極めて進めているつもりです。
つい先頃もここに書きましたが、「必要なものを与える」、「私と皆さんとは1対1の関係」と言っていますのはこういうことです。
くどいですが、
今のエイカンさんは、スタートダッシュして最初の障害を目指している時節にあります。スタートラインに後戻りして、靴ヒモの結び方を復習している場合ではありません。
同じ基礎や基本について学ぶにも、眼が開いたばかりでまだ周囲が認識できていないCORINさんとは、必要な教授が異なります。
具体的には、基礎や基本の形そのものより、どう学んでいくのか?を指導しているところなのです。
思い出して下さい。最初の最初!私が「教えたことの九割は忘れてよい!」と言いましたのは目的がここにあるからなんです。
重要なことや必要なことは、全員一緒に基礎錬功や基本技を行う時に指導しておりますし、足りない部分は個別指導しています。時間外の個人教授も、都合が許す限り喜んでするといつも言っています。
ただし、「やるように命じたことは必ずやって下さい」といってありますが、これは皆さんお一人お一人との契約なのです。
実のところ、
今皆さんに検討していただいている教室の分割にあたり、今のままでは、人数が増えた場合にさすがに物理的な困難が生じそうです。
それで、ニシムラさんと番長さんには、正式な指導員として私の補助をして頂きたいと考え、その為の特別な教授をすることにしています。何より、二人がその「機」にあると判断したからです(いや、ダメかもしれませんが‥‥)。
今回のこの長いコメントは、このお二人に対する指導の一環として、この場を利用して敢えて多言致しました。
エイカンさんをはじめ、他の会員の皆さんもご理解下さい。
ありがとうございます。
現状は「教えたことの九割は忘れてよい!」と言われたことさえ忘れているような状態で、先日入門講座を改めて傍聴してみると、自分が基本として覚えている内容の少なさがとても頼りなく感じてしまったのです。
…が、わざわざご相談するまでも無かったのですね。それを前提としてご指導いただいている事まで考えが及びませんでした。
『卒啄同機』は恥ずかしながら存じておりませんでした。
殻の中から拳打萬遍!頑張ります。
あと、こちらの事情もあります。
入門初期の指導には、入門者のベースの資質や能力、意志をはかり確認する意味があります。
雲手については(特に一段階目の形)、全員で次回徹底してやることにしましょう。