<鬱陶しいので削除していたのですが、当門の紹介の補足として採録致します。>
五霊太極拳の「五霊」は、孟子の四端説「仁義礼智」を陰陽五行説に基づいて発展させた董仲舒の五常「仁義礼智信」(「五倫」「五教」「五典」)からきています。
また、別名(古名)を古典式太極拳というのは、陰陽五行説と孔子・孟子を尊重する陳家小架を伝えた一族の伝統の家風を冠しての呼称から(陽明学派にとって、古典といえば孔子・孟子のことです)。五常の錬磨と実践。これが五霊太極拳です。
以下は、あるサイトで見つけた説明文からの抜粋です。とても分かりやすいので参考にして下さい。※( )は私の挿入です。
(1) 人に忍びざるの心あり
他人の不幸を見たら平気ではいられない。それが忍びざるの心。
幼児が井戸に落ちそうになっていれば、誰でも助けようとする。
・幼児の父母にお礼を貰おう
・友人に褒められたい
・助けなかったら非難される
そんな気持ちで助けようとする人は居ない。
このように憐れむ心をもっている。同じように、不善を恥じ憎む心をもっている。 へりくだり人に譲る心をもっている。善いこと悪いことを論じる心をもっている。
例えを用いて、このように話を展開しています。もっている心が、徳目を養う根本になるのです。
憐れむ心: 人を思いやる「仁」にやがてなる。
不善を恥じ憎む心: 世のためになる人としての道である「義」にやがてなる。
へりくだり人に譲る心: 礼儀正しく謙虚で感謝する心「礼」にやがてなる。
善いこと悪いことを論じる心: 正邪を正しく判断する「智」にやがてなる。
体の四肢になぞらえて、四端(したん)と孟子は説明しています。
(当門や陳家では四両とも言います。四両→四良でそれを認識することが陽明学の「良知」で、当門の門是でもある「致良知(良知を致す/良知を行う)」に繋がります)
「智」と聞くと、能力や知識をイメージしてしまいます。しかし、それは材料でしかないのです。 判断材料を使って、是非の区別がつくことが「智」。そして、あらゆる状況でそれを実践できることが「胆識」です。(胆識とは、正しく大きく力強いいわゆる肝っ玉を備えること。不動心を伴って冷静に正義を行う勇:勇気を心身に備えること。これが五霊の心解「正・大・強・勇・安」に通じる教えです)
(2) そして5つ目
孟子の四端に、後年「信」が加えられました。
「信」とは嘘をつかないこと。信用や信頼ということで使う字です。
人偏 + 言 ですから、人の言葉には嘘がないということです。
「仁義礼智信」
これが儒教で言うところの、五常の徳(人が常に守るべき五つの徳目)です。





