今日はサプライズゲストに天草三郎師兄をお迎えしての錬修会となりました。
総勢10名は私が入門してから初めてかもしれません。
公園の部…滴水先生・天草三郎さん・番長さん・ジーシャさん・corinさん・フーミンさん・安愚楽さん・私エイカン
・梨花槍の套路
体育館の部…滴水先生・天草三郎さん・番長さん・ジーシャさん・corinさん・フーミンさん・安愚楽さん・レタスさん・Tさん(仮称・先日からTAIKEN入門の「T」さん・入会決定!)・私エイカン
・八段功
・基本式
・三撹水
・順身掌 略式(?)
・九星式 単式
・朝天鐙 双圏式・大圏式 ※武功
・入門講座 Tさん
・圏手
・手首を掴まれた時の外し方 2通り
今日は何と言っても套路の覚え方についてご注意を頂いたことが大きかったと思います。
自分の場合、錬修会ではとにかく記憶力だのみで套路を覚えようとしてきたのですが、この方法だと型をなぞりながらでも常に先を思い出し続けなければなりません。
その結果、意識は常に「次の動作」に向いてしまい「今行っている動作」への集中が疎かになってしまいます。
また、一旦記憶が途切れると他に頼れるものがないため全く動けなくなってしまいます。
このように記憶(の細切れ)をたどるやり方では、動作の流れや意識のつながり、身体の反応や連動といった部分を養うことも出来ません。太極拳の練習方法としてはこれは間違いとなります。
滴水先生は、私がこのようなやり方に陥っていることを全体練習の動作で見抜いて注意して下さったのでした。
先生に言われたことを注意しつつしばらく練習していると、「踏歩抜歩の部分」や前半の「最後の姿勢」での掌の向きがアタマで考えなくてもスッと決まるようになっていました。
記憶に頼るのではなく、動作の意味が分かった上で反復をすると格段に間違いにくくなる感じがします。
滴水先生は 『中国武術での姿勢は、そこに至るまでの動作や意識が伴って初めて意味を成すものです。そこが分からないままでは、いくら外形を真似ても何の役にも立ちません』 と仰いましたが、その意味も少し分かったような気がします。
体育館の部での「手首を掴まれた時に外す練習」は、ちょっとした事(角度?タイミング?よく分かりません)でかなり成否が分かれるので難しかったです。
練習終了後にフーミンさんと補習でアレコレ試したのですが、忘れていました、フーミンさん相手だと「つかんだ手を外されるだけでは済まない」ということを…
今回お手柔らかなヒジ一発のみで済んだのは幸運だったと思います(笑)
Tさんは初挑戦で難しそうでしたが、彼女が次々に色々な方法を試しているのを見て感心…いえ、正確には「そういう柔軟性や積極性を忘れかけていた自分に気付いてハッとしました」です(汗)
フーミンさんもTさんの飲み込みの速さにビックリしていたので、これからが楽しみですね。頑張って練習しましょう!
補習その2では滴水先生に衝捶も見て頂きました。本日もありがとうございました。
皆様お疲れ様でした。






ええ、フーミンさんには気をつけて下さい(笑
会の終了後にも申しましたが、エイカンさんには来月か再来月には、十三龍門に臨んで頂きたいと思っております。いかがですか?貴方次第です。
ほんの1年足らずでというのは当会で初めてのことです(かつての私がそうでした)。
そのつもりでしたら、今までに学んだ基本全てをさらによく復習しておいて下さい。
判断致しました根拠は、昨日の錬修会最後の基本の
解手法の教授で、怖れずに他の誰よりもしっかり私の腕を握ることを心掛けていたからです。「採(手)」の技術以前の重要な資質です。
以前申し上げておいたことを思い出されたのか、ここのブログのどこかにか書いておいた(と思います)ことを心に留めておられたのかは知りませんが、この一点をして、日頃の苦心の成果を感じました。
駐車場で呼び止めて衝捶をさせましたのも、その確認のためでした。
これからは、フーミンさんがますます遠慮しなくなるかもしれません。その点は覚悟をなさって下さい(笑
私、やさしいですよ~ (–#)
日曜日の朝、公園に遅れて到着したとき、大人数で棍を回してる姿が目に入り、すごく嬉しくて感激しました。
活気があるってワクワクしますね。
エイカンさんも練習台に利用して良さそうですね、お手柔らかにお願いします。
中国武術は奥が深いですね。
十三龍門につきましては、自分では未熟すぎて時期早尚に過ぎるというのが正直な気持ちですが、改めて気を引き締めたいと思います。
採(手)につきましては、以前の錬修会でのご説明とご指導に愕然としたことがあったからかと思います。
梨花槍の構えでもそうですが、意識していないとすぐ「形だけ」に陥ってしまいますので、今後も気をつけていこうと思います。
物事には「機(機会の機)」というものがあります。早すぎては無理ですし逃しては得られません。「機」を逃した卵は腐るといわれます。
また、「機」という漢字の字義は、はた織りの機械のことで、特に繊細で大事な仕組みの部分を意味しています。
ちょうどその時、大切で他に代えられない時ということです。
それを知らせることは私の責務でもあるんです。
改めて自分の性格を考えてみますと、「十三龍門には時期早尚」という思いは何年経とうが変わらないような気がします。
『早すぎては無理ですし逃しては得られません』というコメントを拝見してドキリとしました。
今の自分には挑戦あるのみだと思います。
よろしくお願い致します。